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7月, 2007の投稿を表示しています

山椒大夫(4)

先日は、現代の山椒大夫とは何かを考えたが、今日は、現代の安寿と厨子王は何かと、自信はないが、考えたみたい。あくまで、森鴎外の『山椒大夫』でなく、溝口健二の『山椒大夫』として。 まず、安寿と厨子王は何をしたのか? 父親の失脚で、母子で父の元に向かう旅をする。人買いに捕まって、母と離れ離れにさせられる。丹後の山椒大夫のもとに奴隷として放り込まれる。素性へのプライドは子供心にもあって名前を明かさない、これは鍵となることである。あとで述べる。 山椒大夫のもとで長年は酷使され、身も心もぼろぼろになる。ようは人間でなく、非人扱いなのだ。厨子王は環境に順応して、山椒大夫に反抗するのでなく、かえって手先として利用される。安寿はあくまで、入ってきたときの屈辱と現状の奴隷たちの悲惨さで反抗心を残している。二人とも成人として成長している真っ只中の青年なのだ。この山椒大夫の領地で働かされている他の奴隷たちも、あるものは順応し、あるものは無感覚になり、あるものは牙を隠しながら耐え忍んでいる。 母の便りをふとしたことから知って、安寿はもとの幸福を取り戻そうという気持ちになる。安寿は厨子王を改心させようとするが、長年の環境の垢はなかなか落とせない。瀕死の同僚を捨てに領内の山に行かされる機会から、安寿は厨子王を逃亡させる。厨子王はここで改心して、その同僚を背負い山向こうの国分寺に駆け込み、山椒大夫のもとでの隷属状態を中央に訴えようとする。安寿は厨子王を逃がすため時間稼ぎをして、みずからは入水自殺をする。厨子王はそれを知らない。 開放された厨子王は時の政権の有力者に直訴するが、不審者としてつかまってしまう。が、そこで警備の者に没収された、父親の形見の観音像のおかげで、素性を知ってもらえ、丹後の国の国司の地位が空いていたので、国司となる。このあたりの環境のめまぐるしさは不自然なのだが、劇的なテンポによる誇張と解釈できる。実際なら、そんなに簡単に早く国司になるというわけにはいくまい。 国司になった厨子王は、山椒大夫をつぶし、安寿を助けにいく。山椒大夫をつぶすということは、中央の有力な政治家に喧嘩をうることで、自分の国司の地位はすぐにはずされることを意味する。しかし、厨子王にとっては国司の地位など問題でなく、ただただ、山椒大夫をつぶし、安寿をはじめとする奴隷を解放することが重要なのだ。結局、

山椒大夫(3)

溝口健二の『山椒大夫』を語って3日目になる。 昨日は、山椒大夫について書いたので、もうひとつの鍵となる「引き離された家族」のテーマについて考えてみる。 厨子王や安寿の父親である平正氏は武士が台頭してきた時期に、領民を守るための理想主義によって筑紫に左遷される。ここでひとつの離散。 そして筑紫に向かって、母子3人と乳母を連れた無謀で非力な旅が始まる。その途中、越後で人買いに捕まり、母子は別れ別れになる。母は佐渡の遊女宿へ、兄妹は丹後の山椒大夫の荘園に、そして乳母は越後の海に沈む。この距離的な遠さと、ぬかりなく行き先の決まっている犯罪は、人身売買の組織網の広さを物語っている。 山椒大夫のもとで月日を送った安寿と厨子王は、新入りの奴隷の歌う歌で母の存在に思いをはせたことで逃亡を企て、厨子王を逃がすため、安寿は時間稼ぎをして、兄妹は離れ離れになる。厨子王は生きて中央の政治家に請願するが、安寿は別れた後に入水する。 ひとりまたひとりと家族は別れていき、まだつながっているものに望みをかけるかのように、物語の重心は、引き離されていない者たちに移っていくのだが、最終的には家族四人ばらばらになる。 幸運だったのは、たとえ四人が離散しても、それを引き止めるかのように、家族を求心的に引き寄せる強い力が作用していたとうことだ。それは、陸奥から筑紫までの無茶な旅にはじまり、父親の残した言葉、母が遠くで呼び続けた歌、いち早く山椒大夫を倒して妹を救いにくる厨子王の行動、父と妹の死を知った厨子王が母を訪ねる行動に表れている。とりわけ、父親の言葉と、母の呼び声のモチーフは反復されて、安寿や厨子王を目覚めさせる働きもしている。 実際、越後の浜辺近くでの枝折の場面で、母の心配する呼び声は子供たちにも届いており、その呼び声の聞こえる範囲内でしか、安寿と厨子王は行動しない。直後の夜の場面では、二人はすっかり母のもとに戻って安心している。その呼び声が時空を超えただけの話で、離れ離れになった二人の耳に、母の声は他人の歌声を借りて再び伝達する。逃亡の場面では、安寿の幻聴という手段で伝達する。最後の佐渡での厨子王の途方にくれた耳には、すぐ近くにいるのに声といった伝達というよりも、存在の伝達という手段で居場所を告げている。逆説的に、厨子王が言葉でいくら母に境遇を語っても、母はなぶりものにされるのを恐

山椒大夫(2)

山椒大夫とはいったい何者なのか?現代の山椒大夫は? こういった問いを抱えながら、溝口はこの映画『山椒大夫』をとったに違いない。実際、当時の映画俳優がかけもちの仕事ばかりして、自分の映画に専念してもらえないのを嘆いて、プロモーターを山椒大夫になぞらえていた。 山椒大夫とは? 有力な政治家に庇護された資本家。狡猾な人間、それも中央の政治家たちの間でも手出しのできかねる知恵者。自分の荘園では奴隷をこきつかう。周囲に手下をもっていて、自分の手をなるべく汚さないで事をすすめる。残虐な刑罰の実行。奴隷の監視。人身売買の行き着く場所、つまり奴隷の労働力を買うところ。お金の出入りに対してうるさい。接待、賄賂、へつらい、それらによって見返りと自身の安全を期待する。法律と公的な規制を物ともしない、つまり、裏に有力な政治家がいるので、地方の国司が手出しをできないことを承知で権力をふりかざす。 まだまだいっぱい要素をあげられるだろう。こうして見てくると、現代にも山椒大夫が存在しはびこっているのが分かるだろう。そして、現代の山椒大夫はもっと狡猾に、もっと論理を巧妙に、また、もっと大規模に組織を作り上げて協力して複数で犯罪を行っている。そして、労働力が奴隷という名をはずされて、契約という名目で行われているから、民衆の隷属化がより自覚しにくい。 現代の山椒大夫ならどんな武器を使うのだろうか? まず、賄賂・へつらい・根回しによる身の保全は同じく欠かさない。また、資本力を増殖させることに対して手段を選ばないことは同じだろう。法律の間をくぐりぬけるために、現代では弁護士などの法律家を後ろに待機させ、公的な装いを見せる。組織を巨大化し仕事を分担することで、責任を分散させる。つまり企業化、ビジネス。マスメディアの力を利用すること、つまりは現代で山椒大夫が味方につけようと考えているのは、有力な政治家だけでなく、巨大な宣伝力と影響力をもつメディアとその周辺の有力者たち。20世紀の産業機械だけでなく、現代では全世界的なネットワークと標準化による戦略。石油などの利権。目に見えないところでの搾取。労働力の巧みな利用と、無責任な保障。また、より明確に、武器をもつ、武装する。それは理論武装にとどまらない、ミサイルをもつ。しかも、軍事産業というビジネスとして。 こうした山椒大夫が現代にも生きているか

山椒大夫

溝口健二の『山椒大夫』を観た。今回は物語に圧倒されることはなく、落ち着いて構造を確かめられた。ただ単純に主題的に観たというべきか? 今日観たこの映画は、人間の奴隷化への執拗な抵抗に思えた。厨子王、山椒大夫の息子の太郎、安寿に代表される抵抗の行動。厨子王は感情的に仕返しをする。 また、山椒大夫がのさばる荘園は、右大臣の権力の庇護の下であり、山椒大夫個人の横暴というだけでなく、中央の政治の権力争いの先端という構図。 溝口がこの映画で語る中心にこれがある。 また、引き裂かれた家族、失われた平和・幸福・希望の問題。山椒大夫の荘園で働かされている奴隷は、人身売買のネットワークに引っかかった被害者で、みな身寄りのない者で、個人の歴史すら消されている。次々と新参の者が入ってくるところをみると、かなり大きく堅固なネットワークが張り巡らされている。その取引の実行犯も、経済的な利益を得るために、善人の装いをしている。いや、普段は悪事を働く人でないのかもしれない。 たとえ家族が離れ離れになっても、家族への思いは時空を超える。 母親の玉木の歌う安寿と厨子王の歌は、少なくとも玉木の周囲から佐渡の全土に広まり、そして丹後の国にまで広まるのだ、しかも他人ののどを介して。 厨子王の逃亡への決意のきっかけは、母子で旅をしていたときの、安寿との枝折の記憶と反復。ここで安寿はその幼い時期の旅で、心配する母親の呼び声を時空を超えて聞く。おそらく厨子王にも聞こえている。 最後に佐渡を訪ねる厨子王が、風を聞いたかのように母親の居場所に向かっていく。誰かが教えてくれたわけではない。 思いだけではなく、観音像、ことばというものが、家族の離散を食い止める。 言ってみれば、政治的・社会的に容認されている犯罪によって家族が引き離され、その悪の制度を感情的になってまでつぶそうとする戦いの映画なのかもしれない。 人身売買は現在も国際問題であるし、人身売買に似た搾取はいたるところにある。ひとりひとりの命や人格がぼろぼろに崩壊させられても、家族が、ふたりきりであっても、再会できたことに幸せがある。 この映画は主題的にも大きな問題をはらんでいて、いつ観ても新しい感情や意見が沸いて出てくる。溝口の映画が古くても、題材がもっと古くても、現代の問題に深く切り込んでいる。つねに新しい溝口。 うーむ、やる

アルド・ロッシの独り言

何を思ったか、建築の本なんか読んでいる。アルド・ロッシというイタリアの建築家。たまたまピンときて2〜3ヶ月前に古本屋で購入した自伝。『アルド・ロッシ自伝』(鹿島出版会)。 普段読まないジャンルの本を読むと、その思想やセンスが優れていればいるほど、他ジャンルの優れた人と同じことを言っていることに気がつく。そして、そのいずれの人も、ひどく単純なことを述べているにすぎない。取り立てて新しい真理の発見というものがあるのではなく、古い真理の再発見が綴られている。 思えば、芸術家の探求の過程は、常に自分自身や周囲に対する問いかけの過程でもあり、単純な問いこそが人間の根源的な問いにつながり、改めて問い直すことが芸術家の視点や方法の発見につながるものである。答えをうすうす気づいてはいても断言できない、それを解明すべく方法にのっとって作品を作り上げる、というのが芸術家に共通してみられるものではないか?解答は作品の過程と結果にあらわれる。 言ってみれば、人間とは何か?社会とは何か?自分の取り組む芸術は何か?という問題に、建築家も俳優も音楽家も写真家も挑戦しているわけで、そう考えれば、同じような答えがでてくるのもうなづける。ただし、それらの人たちは問いを常に発し続け、大いなる格闘をしながら作品によってそれを答え、自らの言語を創造しそれでまた発展していく。結果的に同じことをさまざまなバリエーションとさまざまな例題で語る。そして、そのことこそが、生の豊かな一面であり、われわれを断定と単調さから救ってくれる。 ロッシの自伝はなかなかに難しいのだが刺激的な本である。とくに、建築にたいする思想や仕事の過程を中心に書かれていて、それこそがロッシの語りたいものであることがひしひしと伝わってきて、芸術家であり職人でもある人の素晴らしい探求の歴史を感じ取れる。 「この死者の館(モデナの墓地)は死滅する都市そのもののリズムに基づいて建設され、いかなる建造物も究極はそうであるように、人生に結びつけられたテンポを内在している」  (A.ロッシ) 「幸福のおかげで私は海岸のことを考えることになったわけだ・・・私がそこに探していたのは、湖なる世界の対極に位置する場所である。おそらく湖の世界では正確に幸福を表現することがない。」  (A.ロッシ)

またまた反省する・・・

-いやいや、もうほんとにご無沙汰という感じで・・・ -お元気ですか? -元気です。 -どちらにいらっしゃったのですか? -どちらにもいらっしゃらなかったわけで・・・ -というと? -ずっと普段どおり生活していたわけで -ああ、そうですか。 -ごめんなさい。ブログを更新しなくて・・・ というわけで久しぶりに書く。やはり日記は続かないという、いままでの人生を覆すべく書き続けたものだが、習慣は恐ろしい、またサボってしまう。 なにも書こうが書くまいが誰にも影響はないよ、といわれればそれまでだが、だれがこれを見ているかわからない。ぼくも、今度のグルッポ・テアトロの公演の出演者のブログを見ているわけだし。 というわけでいきなり宣伝。 12月19日〜24日に下北沢の劇場で公演です。『お夏清十郎』。くわしくは こちら しばらく何もしていなかったわけではなく、稽古をしていたり、書類を作成していたりしました。公演の役者さんのアンサンブルもとても良好に築きあげられいます。演劇は、いろいろな人との共同作業、コミュニケーションをつくることに尽きるといっても過言でなく、稽古と公演をとおして、人間的な絆を再確認したり再発見したりするものですよね?一番難しいのはお客さんとの絆。これは、演じる側が友好的に手を差し出さない限り、お客さんは冷たく見据えます。演じる側が、コミュニケーションのための方法・言語・態度を求めなければいけません。 ここまで書いてきてふと思ったが、丁寧語だな。いつも乱暴に断定口調で書いてしまうぼくも、今日は下手にでて謙虚さを保っているのですな。さぼりにたいする後ろめたさなんでしょうね。おもしろいもんですね。 約束はしないほうがいいけど、また書き続けます。よろしく。(誰にむかって言っているのか?まあ、いい)

大脱走

今さらながらだが、浅田彰の『逃走論』を読んで楽しんでいる。いったい誰に語っているのかわからない口調の文もあれば、難しい概念の文もある。二元論的にばっさりと切り捨てるところが、いさぎよい。しかし、それが落とし穴というか、論理のまやかしに通じるかもしれない。が、おもしろい本だ。 パラノ人間(偏執型)とスキゾ人間(分裂型)。前者は定住、蓄積。後者は脱走、ギャンブル。過去を背負いしがみつく姿勢が前者で、後者は過去をゼロに戻しとんでもない方向に走っていく。 思えば、どれだけわたしたちは伝統や格式や規則を当然のことのように受け入れているだろうか?穏便な社会生活を送る上では、そのことが必要とされるのかもしれないが、ときには冒険のひとつやふたつしたくなるのが人情というものだ。そんな冒険にまで、日常の規範を導入しなくてもいいわけで、そのところに祭りなどでの馬鹿騒ぎの理由が見いだされそうではあるが、その非日常の祭りまで年中行事としてスケジュール化してしまう波がおしよせる。こうなったら、逃げるしかないのか?どこに? はみだしたい、日常を忘れたいという欲望も、たいていはつっぱりや酔っ払いなどの人間界の風物詩となってしまう。音楽よりも姿格好のほうに気力を傾けている自称ロッカーに会ったことがあるが、見ているのが気の毒なほど俗的に典型化していた。 ブレヒトが異化ということばを使い、シクロフスキーも別な分野で異化ということばを使い、浅田がスキゾフレニーということばを使っているのも、現実の重みのために思考や感性が自動機械化してしまうことに対する警告なのかもしれない。現在においては戦わなければいけない。判断や感性が鈍くなるというより、過去の判断の積み重ねの重さが強度を増すのだ。 若いときに嫌悪していたことが、年を重ねると許せるようになるのは、人間が成長したことかもしれないが、同時に、若いときの嫌悪も絶対的に真なのだという真理を持ち続けていかないと、すべてをにこやかに許す愚鈍な感性になってしまう。 そうならないためにも、ひとつの事象にぶちあたったら必ずゼロから出発する固い意志が必要になってくる。ひとりの人間を前に、若者だとか、学生だとか、外国人だとかいう枠組みの中でのレッテルを貼らないで、不可思議なひとりの人間という認識から出発しなければいけない。 歴史は繰り返すというが、ひ

経験について

ここしばらく死のことを書き綴っている。死を語るのは生を語りたいがためで、なにぶん死というものが分かっていないためである。自分の経験上からは導き出せないものを、経験し分かるものから導き出すのは常套手段だろうが、それしかできないのだから仕方がない。 生まれ変わったら女と男どちらになりたい?と聞かれる質問ほど答えにくいものはなく、まじめに考えるときりがないし、かといって不真面目に答えると質問者に申し訳ないし、質問する人は答えを導き出したいのではなく、話題を求め関係を築きたいのかもしれない。どちらになりたい?というのも、やはり分かっていることから類推するか、想像するかで、結局は今ある性と別な性に答えることにしている。 自分の経験したことから類推することも必要だが、この世界は経験するには無限に大きすぎる。数を増やそうが、結論は似たようなものになって、結局平均値をとるか、規則を作ってしまうのがおちだ。かといって、この試みをやめようとしないのが人間なのかもしれない。何度も同じ過ちを繰り返してしまう恋愛。 逆に、数や種類の豊富さに圧倒されるか、もしくははなからそんな豊かさとは別な道をとり、少ないもので事足りるのを良しとする場合もある。どの料理もおいしい料理店で、結局は2,3のメニューにとどまってしまうのはぼくだけか? すべてを経験し吸収しようとするファウストやドン・ファンの試みは、ある意味神がかり、というよりも悪魔的な決意だ。しかし、不十分な資料で論証される、というより強引な詭弁を使って物事を語られるよりはいいのかもしれない。 常々思うのは、老人にかなわない部分があり、それは経験にほかならない。部族の長老が尊敬されるのはそのためであろう。仕事上の先輩が落ち着いて作業をできるのはそこにあり、それがあることは大きな意味をもつ。 経験というものには勝てない部分があり、だからぼくはおとなしくしているかと思えばそうでもない。老人や年配の人より経験がないから、そんなものがあることすら思いつかないのかもしれない。また、経験上のものがすべて正しいわけでないことも知っている。経験は正しくても、間違った類推もある。 ボズウェルの書いたジョンソンのことば 「再婚は経験にたいする希望の勝利である」(ジョンソン) まだまだ余地は残っているわけだ。

生者の行進

ここ数日、別役実の作品を通して、死というものを考えてきた。 それには伏線みたいなものがあって、夏目漱石の『硝子戸の中』のある場面で、漱石が、生きるべきか死ぬべきか迷っている女性に、どうしても死を勧めることはできなかったということ。 カミュの『シジュフォスの神話』の、カミュの描くシジュフォスの戯画では、シジュフォスはまず死の神を鎖でつないでしまったというエピソードを残している。いっこうに死者が来ないので、地獄の神が怒ってしまったという神話。 また、シシュフォスは死んで後、人間的感情をもたないで自分の遺体を広場に放置した妻へのこらしめのために、生の国に一時戻る許可を地獄の神から得て、地上に戻ったが、この世の姿、水と太陽、入江の曲線、大地の微笑をすっかり気にいって、地獄から帰って来いといわれてもずっと無視しつづけ、生の輝く世界を前に行き続けたという。しまいに地獄から追っ手が来てつかまってしまったという。 柄谷行人はおもしろいことを示唆している。葬礼は死者を片付けて、それがいない世界をつくるためになされる。死者を弔うのは死者を考えているのでなく、ある者が亡くなったて穴があいて不安定化した共同体を再確立するため、また死者を忘れ去るためになされる。葬礼は原始時代から、つまり生者の社会の共同体があるところでは必ず行われる。キルケゴールの言葉を引用して、死者とは他者であり、死者と生者の関係がかわるとすれば、生者が変わったからにほかならない、われわれは死者と交渉しようがないと。 死者を祭り上げるといった行為はすべて生者のための口実なのだろう。作家の死後100年記念や、銅像をたてる、宗教的儀式も含めて。政治家の靖国神社の参拝なんかは特に政治家としての口実・体面としてであって、偽善的に太平洋戦争の死者を祭り上げている。 ぼく個人としては、死者を祭り上げた祭礼ほど陰気なものはないと見る者で、生の祭典のあの躍動と比較して、どうしても歓迎できないものだ。偉人の銅像なんてつまらないものだし、映画人の復活上映は忘れられていた映画を生者としてよみがえらせる行為においてしか意味をみいださない。 たとえば原爆の追悼の儀式も、湿っぽく行う必要はないのだ。われわれ生者の豊かな世界に、強制的に死者の世界に連れて行かたものを一時的に連れ戻そうとする祭典にすればいい。生者に強く光をあてれば輪郭

数字で書かれた物語

二日連続で文学座のアトリエを訪れたことになる。昨日は作家の隣の席で、今日は最前列という、どうも劇に集中せざるをえない環境におかれて、そうなればなったで満足だな。 うん、楽しかった、今日のほうは。人数も同じくらいの登場の密な舞台なのだが、今日の場合はまず、登場人物がみな仲間だという設定が、人間関係の濃密な歴史の過程を途中から始められるという利点があったように思う。それを観客は推理できるしね。 重苦しい話ではないことは知っていたが、昨日の作品と同じように死、しかも自殺の話ではある。この二作品をとりあげる鍵となるテーマは死、自殺のように思えた。ただし、両作品をみればわかるが、『数字』のほうは自殺はナレーション上だけで、『犬』のほうは舞台上か、舞台袖で人が死ぬ。前者は自決する意志を感じさせることは舞台の上ではなにひとつなく、ある意味、死を軽蔑するかのように脇道を歩き、おそろしく遠回りをしてばかりいる。後者は、直線的ではないが、向かう場所を知って、あきらかにそこに向かっている。 『数字』の話だけをすると、新興宗教のカルト教徒と思わせる人間でなく、死期を意識している人間でもなく、なぜかつまらない世俗の些事にこだわって生活している人間が逆説的に、とてつもない行動を起こしていることがおもしろい。会話はすべて理屈や、揚げ足とりや、ちっぽけな小言に執着したりと、教団の思想的な話などなにひとつしない。それでいながら、ナレーションで伝えられるのは、餓死殉教や、切腹や、服毒などの過激なことばかり。舞台上では議論ばかりして、風船遊びのただひとつの行動さえおこすのに時間がかかるのに、伝えられるのは思いつめた行動の結果だ。切腹の未遂の傷も、傷の生活上の興味にだけ絞られて、かえっておもしろがっている。 ここに、巧妙な身のかわし方を見る。過激な行動、死への行進、思いつめた思想をアイロニカルに否定し、おそろしい回り道、日常のこまごまとした面倒なこと、ゆったりとした足取りに光をあてる。その世俗的なことに、排除の構造があったり、自己保身があったりはするが、死の行進と比べるとそれはかえって生を豊かにしているかのようにも思える。この、死を傍らに置き、そこへ向かう人間に、生の豊かさがみられることは貴重なことだといわねばならない。そこにこそ人生の一面をはっきりと見られると思う。それが、『犬』には無かっ

ホームページの復活・変身!!

グルッポ・テアトロのホームページが故障していました。というより、パソコンが壊れてしまって、データを保存していなくて、更新できなかったのです。 というわけで、新しく作り直したわけです。お祝いとして、普段使わない絵文字で祝杯をあげましょう!  以前のページをお気に入りに入れていたかたは、こちらに移行お願いします。 グルッポ・テアトロ ホームページ もういっちょ、気合をいれて絵文字   で、以前のページはというと、いろいろとHTMLエディタでいじくっているうちに、バグったり削除してしまったりと、廃墟となっております。おそらく世界遺産には登録されないだろうから、そのうち削除します。 SL列車の最後の運行のように、華々しく去ることはできませんでしたが、6ヶ月(ああ、まだそれだけか!)ごくろうさま。というわけでまた絵文字  今日は軽いのりで! 

犬が西むきゃ尾は東

観てきました。明日は同じ文学座の同じ別役作品。 そういえば、先週の土曜日は昼夜と同じ作品を観て来たな。同じ清水邦夫の『楽屋』を、同じ日に、同じ阿佐ヶ谷で、ふたつの公演とも友人が出演していると、偶然が重なって、結局戯曲にたいする理解が深まったのと、二公演の比較を楽しめて、興味深い一日だった。それもそのうち書こうっと・・・ で、文学座の別役作品。偶然、隣の席が別役氏で、その隣が演出の藤原氏という、緊張を強いられるポジションに立たされた(座らされた?)わけで、純粋に楽しもうとする以外の演技も入った観劇だった。というのは、へたに中途半端に笑うのはいけないと思ったわけで(カラカラ笑えるものでもなかったが)、またへたに居眠りこくのは失礼だし(あいにく今日は眠くならなかった)、要するに、隣の別役オヤジに、ぼくが本当におもしろいなら笑うが中途半端なら一切笑わんぞという意思表示をしていたわけで、観劇中に何をしているんだというこったな。 つまり、心は軽やかに待機しながら、厳しい目で観ていたわけだ。これじゃ観劇じゃなくて、稽古場だなと思ってしまった。 だからというわけではないが、緊張感を保てたために、戯曲の意味や本質に深く思いをめぐらし、登場人物のあれこれの行動やことばを考えることができた。が、結論はでなかった。それでいいのかもしれないが、テーマ論的にみると、いくつかのテーマがあげられる。記憶、人生、死、集合離散。作品の前半は花のない花見という集まりだったのが、作品の後半になるにつれ、死のテーマが重くのしかかってくるのは人生の縮図であると解釈できるし、幕と幕をつなぐ間の記憶が問題になってくるのもわれわれ人間の不確かさなのかもしれない。 つねに西に向かうのは西方浄土だと戯曲中にあるし、そこへの歩き方はつねに「だるまさんがころんだ」のようにリズムを伴っている。それを口ずさまずには歩けないわれわれ身寄りのない人間たち。 幕の構成も四季の設定にのせて、人生の春から、冬の死まで、人生とともに歩む。 しかし、なぜほとんどの登場人物が自らの命を絶つのだろうか?それ以上の解決方法はないのかというのが、おおいなる疑問である。それが70歳になった別役氏の見た世界で、ぼくのようなその半分にも満たない人間には分からない人生の生き様なのかもしれない。なんの老化もしていない演技をしながらも、体の

コミュニケーション・ブレイクダウン

しばらくこのブログを書かないと、書き続ける意欲も薄れていくもので、一度冷めた関係を取り戻すのが困難なように、書くことに着手するのにも勇気がいる。書いてしまえばなんてことはない、すらすら進む。人間関係のわだかまりだって、そんな小さな行動によって簡単に解消できるものが多いのかもしれない。 自分の怠慢を、人間関係にたとえるのは良くないな。 こんな書きはじめ方だからといって、何か事件が起こったわけでも、歴史的和解が起こったわけでも、よりを戻したわけでもない。 しかし、常々思うことは、古くからの友情にせよ、仕事上のつきあいにせよ、現在の交友関係にせよ、それとの人間関係はつねに新しく、新鮮に、活発に、更新していかなければいけないのだな。年賀状ひとつでも結びついている意識はあるのだから、それすらしないとなると、関係はもちたくありませんといっているようなものだろうか?なにも年賀状が必要なわけではないが、コミュニケーションのためのよい手段とよい機会だなとつくづく思うのである。 夏目漱石の『硝子戸の中』を読んでいても思うのだが、漱石はじめ、文人たち、その他の人たちは、よく手紙を書く。それにたいする丁寧な返答もたいていされる。手紙が儀式でなく、現在の電話やメールのように、離れている人とのコミュニケーションに大きな役割を持っている。 更新されなければ、と言った。だからといってただただ連絡をとりあえばいいというわけでもない。二人の関係をも新しく、より良いものに変えるような更新の仕方、これが必要なわけだ。更新の期間の長さの問題ではない。何十年ぶりにだって前回別れたところからまた開始できる友情がある。逆に、毎日のように連絡していてもお互いの認識や心情になんの更新もないような事例もありうる。 連絡をとるというのが、演劇や芸術やイベントを開く人たちのジレンマであり、試金石になるところで、受け取る側が宣伝されているだけの感想をしか持たないのなら、そんな連絡は広告・宣伝の種類の連絡だ。怖いのは、受け取る側が知り合いからの友情なりを期待していたのに、送る側は機械的に宣伝を刷って最終的に署名だけするような場合だ。 そして、ぼくの知る限り、演劇の世界でもそういった宣伝を友人と思っていた人から受け取る事例が多い。ぶっちゃけいえば、なんで公演のときだけへいこらへいこら媚を売ってくるんじゃあ